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東京地方裁判所 平成5年(ワ)19629号 判決

原告

株式会社S

右代表者代表取締役

K

右訴訟代理人弁護士

山田宰

被告

東京圏駅ビル開発株式会社

右代表者代表取締役

寺田正見

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

向井千杉

富田美栄子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、駅ビルの管理及び運営を目的とする被告が原告に対し大井町駅ビル及び新浦安駅ビルへの出店を準備させておきながら、最終段階で出店契約の締結を拒否したとして、原告が被告に対し損害賠償を求めた事案である。

これに対し、被告は、大井町駅ビルについては、契約締結を拒否する正当事由があり、新浦安駅ビルについてはいまだ契約準備段階にないので賠償義務はないと主張する。

一  争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(事実認定については、認定に供した主な証拠を当該事実の末尾に略記する。)

1  (当事者)

原告は、貴金属等の輸入及び加工卸販売を業務目的とする会社である。

(乙一の五枚目(営業概要)、弁論の全趣旨)

被告は、東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)が全額出資する子会社であり、いわゆるJRの駅ビルに入居する店舗及び事務所等の管理及び運営を主たる業務目的とする会社である。

2  (テナント募集)

被告は平成三年五月ころから新浦安駅ビル(千葉県浦安市入船所在)の、同年一〇月中に大井町駅ビル(東京都品川区大井所在。以下両駅ビルをまとめて「本件各駅ビル」という。)のテナント募集を開始した。

3  (契約締結の拒否)

被告は、原告に対し、平成四年一二月一四日付けで、本件各駅ビルにおける原告の出店について、契約を締結しがたい事情があるとして、右出店契約(以下「本件出店契約」という。)の締結をしない旨を通知した(以下「本件出店拒否」という。)。

二  争点

本件の主な争点は、被告が、原告に対し本件出店契約の締結を拒否する正当事由があるか否かである。

1  原告の主張

(一) (出店の勧誘)

原告は平成四年二月ころ、被告の当時の代表取締役社長であったYから、本件各駅ビルを建設中であり、内装費を被告で負担する契約方法をとることもできので、テナントとして応募したらどうかとの要請を受け、これに応じることとした。

(二) (入居決定の通知)

原告と被告会社の担当者との折衝の結果、平成四年八月、次のとおり原告が出店する旨が合意された。

(1) 大井町駅ビル

・一階(店舗番号第二一一一号、面積一二平方メートル)

アクセサリー店(店名「ソワゴールド」)

・同階(店舗番号第二一一七号、面積七六平方メートル)

宝石・アクセサリー・衣料品・雑貨小物店(店名「ソワ・ド・パリ」)

・五階(店舗番号第六五一五事件、面積六三平方メートル)

高級衣料品店(店名「ヴィップサロンアトレ」)

(以下、右三店をまとめて「大井町駅ビル各店舗」という。)

(2) 新浦安駅ビル

・二階(店舗番号第二一三二号、面積65.94平方メートル)

アクセサリー・衣料品・雑貨小物店(店名「ソワ・ド・パリ」)

(以下「新浦安駅ビル店舗」という。)

その結果、平成四年一〇月下旬に、被告から原告に対し、大井町駅ビル各店舗及び新浦安駅ビル店舗(以下まとめて「本件各店舗」ともいう。)の入居決定が通知された。

(三) (大井町駅ビルについての契約書(案)の送付等)

被告は平成四年一二月八日、原告に対し、大井町駅ビル各店舗の電話番号が確定した旨通知し、かつ大井町駅ビル各店舗の営業契約書(案)、出店契約書(案)を送付した。これにより、本件出店契約の締結は、署名及び押印を残すのみとなった。原告においても大井町駅ビル各店舗の出店に向けて、諸準備を進行させていた。

(四) (損害)

原告は、前記一3の被告からの出店拒否(本件出店拒否)のため、次のとおりの損害を被った。

(1) 仕入商品売却損

金一億五五五二万五九一九円

原告は本件各店舗の開店準備のため、アパレル、アクセサリー、絹小物、革小物、純金製品、宝石類、絵画、彫刻及び家具等を本件各店舗に合わせて仕入れ、これらの商品に「Soie de Pari」という原告の商標を入れた。そして、被告が本件出店拒否をしたので、原告はこれらの商品を急遽他所で処分せざるを得なくなった。ところが、これらの商品は本件各店舗の規格に合わせて仕入れていたため、結局、その平均処分価格は仕入れ値の約三五パーセントであった。その結果、原告は右仕入値の約六五パーセントに相当する標記の金額の売却損を被った。

(2) 店舗レイアウトデザイン費

金八〇〇万円

(3) 大井町アトレサロン内装費

金五四八万円

(4) 海外出張費 金七九二万円

原告は、商品の買付けのため、台湾、香港、タイ、パリ、ミラノに出張し、右の旅費宿泊費用を要した。

(5) 募集広告費 金九〇万円

(6) 通信費・会議費等 金六〇万円

(7) 人件費 金二三七〇万円

合計 金二億〇三九二万五九一九円

(五) (結語)

原告と被告は、本件出店契約の成立に向けての準備段階にあった。このような段階においては、当事者は、相互に相手方の信頼を裏切らないように誠実に行動することが要請され(民法一条二項)、その責任は信義則上契約成立後の当時者としての責任と同視されるべきものである。

よって、原告は、被告に対し、右義務違反を理由に、右損害金二億〇三九二万五九一九円のうちの金五〇〇〇万円及び訴状送達の日の翌日である平成五年一一月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  被告の主張

(一) 原告の主張に対する認否

(1) (出店の勧誘について)

原告の主張(一)の事実は、否認する。

(2) (入居決定の通知について)

同(二)の事実のうち、原告と被告の間において、平成四年八月ころ、原告の大井町駅ビル各店舗出店に関する交渉が行われたこと、及び被告が原告に対し、同年一〇月下旬ころ、大井町駅ビル各店舗にかかる入居決定通知を発出したことは認めるが、その余は否認する。

新浦安駅ビル店舗については、本件出店拒否の通知時点において、原告は、未だ出店申込書及びその添付書類等を提出しておらず、したがって、具体的契約形態及び内容についての交渉はなく、被告による入居決定通知も発出されていない。

(3) (「大井町駅ビルについての契約書(案)の送付等」について)

同(三)のうち、被告が原告に対し、平成四年一二月ころ、大井町駅ビル各店舗の電話番号が確定した旨を通知し、そのうち二店舗については営業契約書(案)を、他の一店舗については出店契約書(案)を送付したことは認めるが、その余は否認する。

(4) (損害について)

同(四)の事実は否認する。

(5) (結語について)

同(五)は争う。

(二) 大井町駅ビル各店舗の出店拒否の正当性

大井町駅ビル各店舗については、契約書案は作成されたものの、次のような原告とYとの個人的癒着関係及び原告による提出書類偽造等の背信行為が明らかになったため、被告は、原告との本件出店契約締結に疑問ないし不安を抱き、右契約交渉を中止し、契約を締結しないこととした。本件出店拒否は正当な理由に基づくものである。

(1) 第一に、原告の提出した出店申込書及び臨時株主総会議事録写三通から示される原告の資産状態及びこれまでの業績は、到底大井町駅ビルに三区画分もの出店を容認しうるものではなかった。ところが、Yは、他の被告関係者の関与を排除して契約交渉を行い、原告の大井町駅ビルにおける出店区画数を三区画としかつその位置を集客条件の良い入口付近にし、被告に支払うべき営業料の歩合率を低くする等他のテナント候補者に比較して原告を優遇する条件をもって合意するよう取り計らった。

(2) 第二に、Yは、平成四年五月八日から同年八月三一日までの間に原告の取締役に就任していた。そして、原告は、Yの右取締役就任の事実を隠蔽するために、同年一〇月ころ被告から提出を求められた原告会社登記簿謄本に代えて原告の株主総会議事録を偽造して提出した。

(3) その他に、原告とYとの間には次のような癒着関係がある。

すなわち、①被告は、平成四年五月二四日から六月五日まで、被告の関連会社及び駅ビルテナント候補者を対象に欧州視察旅行を主催したが(以下「欧州視察旅行」という。)が、これに参加した原告代表者のKとYとの特段の親密さが他の参加者の評判となった。

また、原告の業務運営に暴力団が介入しているとの情報がJR東日本に伝わった。そのことをYから伝えられたKは、原告の他の取締役と称する者をともなって、JR東日本関連事業本部に押しかけ、「人をヤクザの情婦よばわりしやがって」などとわめき散らし、騒動を起こした。

②次に、原告は、平成四年五月ころから被告の管理する四谷駅ビル「アトレ四谷」(以下「アトレ四谷」という。)一階展示物会場において臨時店舗による営業を継続したが、その間、ほしいままにその営業を他に委託し、さらには、開店時間を駅ビルの開店時間より遅らせたり、他の常設店舗と競合する商品を一方的に特売したりしたため、他のテナント等との間で紛争が生じた。アトレ四谷店長がこのような行為を制限しようとすると、Kは直ちに、Yと直接連絡し、同人の意を受けたYは、右店長を一方的に制止し、原告に対して有利な取扱いを認めた。このため、他のテナントの間において、YとKの間の親密な関係が噂され、被告の管理体制に不満が多く寄せられることとなり、「アトレ四谷」の管理、運営業務に支障が生じた。

③さらに、原告と被告との間において、Yの関与のもとに、Yが原告の取締役在任中である平成四年五月三一日付で調査等請負契約なるものが締結され、何らの成果も得られていないにもかかわらず、被告から原告に対し六一八万円が支払われた。

④これに加え、Yは、被告の関与するJR東日本関連事業部門の大型プロジェクトである恵比寿駅ビル開発の内装工事に関し、平成四年九月二九日付で株式会社アイ・エヌ・エー新建築研究所(以下「INA」という。)との間において、裏リベート一億九〇〇〇万円を包含させて実施設計業務委託研究を締結し、同人において裏リベートの一部であるINA振出の約束手形(金額四六〇〇万円)を取得し、これをKに譲渡した。

3  被告の主張(本件出店拒否の正当性)に対する原告の認否

被告の主張(二)の事実のうち、Yが平成四年五月八日から同年八月三一日までの間、原告の取締役に就任していたことは認めるが、次のとおりその余の事実は否認し、主張は争う。

(1) 第一に、原告が、被告から大井町駅ビルの出店に関し優遇条件を設定されたことはない。また、原告は、出店交渉の際にY以外の被告関係者を排斥したことはない。

(2) 第二に、原告は、常に正規の出店手続を行ってきたものであり、事務担当者から要請された資料、書類を提出しており、故意に書類を隠蔽したことはない。また、Yが原告に取締役に就任していた時期は、契約交渉の時期とは直接関係がない。

(3) 第三に、原告が暴力団に関係しているとの風評が立てられたが、それを疑わせる事実は一切なかった。その後、原告は、JR東日本の篠原に約束をとったうえでJR東日本関連事業本部に行って面会を求め、丁重に抗議したことはある。

次に、原告は、アトレ四谷の臨時の催事に同所の一部を使用したことがあるが、指示に反して営業をしたことはない。また、原告がアトレ四谷の他の常設店舗と競合する商品を販売したことはない。

さらに、原告と被告との間において、調査等請負契約が締結されたが、同契約は正規の手続きを経て締結されたものである。

加えて、原告は、転々譲渡されたINA振出の手形を別の取引先から入手したことはあるが、INAとは何らの取引もなく、その業務内容も知らない。

第三  争点に対する判断

一  出店とその拒否及び周辺事情に関する事実の経緯について

証拠によれば、標記の経緯につき、時系列的にみて次の事実が認められる(認定に供した主な証拠または証拠部分を、当該事実の末尾に略記する。)。

1  (被告の設立と本件各駅ビルのテナント募集)

被告は、JR東日本の全額出資のもとに平成二年四月に設立された会社である。(甲一六九の一、乙一七の一の三頁)

被告は、設立後、JR東日本が既に着手していた「アトレ四谷」の開発事業を引き継いだが、さらに平成三年ころからその最初の本格的駅ビル開発事業として、新浦安駅ビル及び大井町駅ビル(本件各駅ビル)の開発を企画し、躯体部分を建築、所有することとなるJR東日本との間において、設計、工事等の準備を進めた。そして、被告は、本件各駅ビルにかかる業務のうち、その完成後の管理、運営を主として担当することとなり、その最初の重要な業務として、本件各駅ビル関係にそれぞれ開業準備室を設置して入居テナントの選定を開始した。すなわち、被告は、新浦安駅ビルについては平成三年五月ころから、大井町駅ビルについては同年一一月ころから、それぞれ地元において出店説明会を開催し、広く一般にテナント募集を開始した。(乙一八の一の五頁、証人Y平成七年二月八日調書五頁)

2  (Yの本件各駅ビルへの出店の勧誘と出店申込み)

Kは、平成二年ころJR駅構内で自ら主体となって催事をすることを希望し、人の紹介で当時JR東日本の関連事業部長をしていたYと初めて会った。それから二年経過した平成四年二月ころ、Kは、原告の代表者としてJR新宿駅南口構内において催事営業をやりたいと希望し、JR東日本を訪問し、被告代表者となっていたYと偶々再会し、あいさつをした。Yは、駅構内の催事営業については被告の権限ではないと答えるとともに、そのかわりに本件各駅ビルへの原告の出店を勧誘した。Kは、Yから手渡された大井町駅ビルの出店案内書等を検討した上、同年四月ころ、被告に対し、大井町駅ビルへの出店申込書を、原告の営業概要、貸借対照表、損益計算書及び営業目論見書とともに提出した。しかしながら、出店申込みに必要とされていた会社登記簿謄本や納税証明書は提出されず、その後も追完されることはなかった。(乙一・八、乙一七の一の三四頁、原告代表者平成七年六月七日調書二・三頁、証人Y平成七年三月二九日調書四〇頁)

3  (出店申込書添付の原告の貸借対照表及び損益計算書の内容)

右2の貸借対照表及び損益計算書の内容には次のような問題点があった。

すなわち、第一に、損益計算書での総売上高は、平成二年度から三年度にかけて二億一五〇一万円から二億五八五九万円へ約二〇パーセント増加しているにもかかわらず、貸借対照表での売掛金が二六〇五万八〇〇〇円から二五三四万五〇〇円へ約三パーセント減少していること、第二に、貸借対照表で定期積立貯金が六五三万三〇〇〇円から七〇〇万円への約七パーセント増加しているにもかかわらず、損益計算書の受取利益は二〇万七〇〇〇円から四〇〇〇円へ大幅に減少していること、第三に、貸借対照表での長期借入金は一億三三六四万七〇〇〇円から一億二五四六万六〇〇〇円へ約六パーセント減少しているにもかかわらず、損益計算書での支払利益は一二〇五万八〇〇〇円から一四四四万三〇〇〇円へ約二〇パーセント増加していることなどである。

原告の提出した貸借対照表及び損益計算書には、右のような疑問点があるにもかかわらず、Yは、その後も部下に指示する等してこれをKに問い質したり、納税証明書の提出を促したりすることはないままに、原告との左記交渉を進めた。(乙一、証人Y平成七年三月二九日調書二三から二六頁)

4  (YとKの交渉とその内容)

その後、Yは、他の被告関係者の関与を排して、大井町駅ビルへの原告の出店を進め、平成四年八月末までに次のとおりの契約内容をKに提示し、Kもこれを了解した。

すなわち、大井町駅ビル各店舗については、原告の出店区画は、駅改札口を出てすぐの所にある二一一一区画(一二平方メートル)及び二一一七区画(七六平方メートル)、エスカレーター周辺の六五一五区画(六三平方メートル)とされ、いずれも集客条件のよい場所であった。(甲七から一二、乙一六の一・二、乙一七の一の四三・四四頁、乙一八の一の二二から二七頁)

大井町駅ビルにおける被告と各テナントとの契約には、出店契約と営業契約の二種類があった。出店契約は、テナントが預託金を支払う代わりに被告の都合による営業場所の変更は制限されるというものであり、営業契約は、預託金を支払わない代わりに被告による営業場所の変更等は出店契約に比して自由にできることとなっていた。営業契約は、被告の最初の募集段階では想定されておらず、このような契約を締結したテナントは多くはなかった。しかしながら、Yは、右二一一七区画及び六五一五区画については、預託金の不要な営業契約を締結することとし、かつ、契約が自動更新されることを前提として、内装工事、造作費も被告が負担することとした。また、Yは、二一一一区画について出店契約としながら、預託金の支払いを免除した上、営業料についても、出店契約の場合、通常は営業料に固定部分と歩合部分とを含むこととなっていたにもかかわらず、固定部分を定めず歩合部分のみとした。(甲七から一二、甲一六九の一・二、乙一七の一の四三・四四頁、乙一八の一の二二から二七頁)

このように、Yは、原告にたいし、集客条件の良い場所を割り当てる等かなり優遇した条件を提示していた。

5  (アトレ四谷における原告の臨時催事)

右出店交渉を進める一方で、原告は、平成四年五月ころから、Yの紹介で被告が管理する四谷駅ビル(アトレ四谷)において臨時の催事営業を始めた。しかしながら、原告については、開店時間が遅れたり、別のテナントとしてアトレ四谷に出店していた株式会社ジェイオーティーアカサカにアトレ四谷の店長の承認を得ずに商品ケースを転貸したり、販売している商品がアトレ四谷の正規のテナントの商品とバッティングしてアトレ四谷の店長に苦情が来たりするなど問題が多かった。アトレ四谷の店長はテナントからの苦情の件でKに注意をしたが、Kは、Yが承知していることであるからとして改めなかった。また、これを右店長から聞いたYも、原告の商品はオリジナルであるから競合ということは生じないと取り合わなかった。(乙一八の一の八から一二頁、証人Y平成七年三月二九日調書二六から三八頁)

6  (欧州視察旅行とYの原告取締役就任)

被告は、平成四年五月二四日から六月五日まで、当時駅ビル関係のテナントの候補者や工事関係者を募って、ヨーロッパへ視察旅行を実施した(以下「欧州視察旅行」という。)これにKもYも参加したが、旅行中、K及びYが親密に見える行動をとっていたことが参加者の間で話題となった。このことは、JR東日本関連事業本部の上野管理部長(被告の非常勤取締役でもある)や被告取締役開発本部長である植村俊夫(以下「植村」という。)も耳にすることとなった。(乙九の一・二、乙一一、乙一七の一の一三・一四頁、乙一七の二の一から七頁、乙一八の一の一三・一四頁、証人Y平成七年三月二九日調書四八から五一頁)

この前後に、Yは、Kの要請により原告の取締役に就任することを承知し、欧州視察旅行後の平成四年六月一日、同年五月八日付けでYが原告取締役に就任した旨の登記がなされた。しかし、被告はこれを知らなかった。(乙五・六、証人Y平成七年二月八日調書一五頁、原告代表者平成七年九月一三日調書二五から二九頁)

7  (植村のYに対する進言とY・Kの反発)

平成四年六月ころ、原告の関係者に暴力団関係者がいるとの噂がJR東日本関連事業本部の篠原部長(以下「篠原」という。)の元に届いた。また、篠原は、原告について民間の調査機関に依頼して経営状態がよくないとの報告を受けていた。そこで、篠原は、これらを植村に伝えた。植村は、欧州視察旅行でのYのKとの親密な行動及びそれが話題になっていることについても耳にしていたので、同月中旬ころ、Yに対し、「原告は経営状態もあまりよくないし、立派な会社ではない。暴力団ともかかわりがあるという噂も入っている。欧州視察旅行中にK社長と大変仲がよいとのスキャンダルもあるので、気を付けて慎重に接して欲しい。」旨を告げた。Yは、驚いて、その場では植村に「調べてみよう。」とだけ答えた。(乙一七の一の一五から一九頁、乙一七の二の二三から二五頁、乙一八の一の一四から一七頁、乙一八の二の一〇から一五頁、証人Y平成七年二月八日調書一三項)

しかしながら、Yは、Kにはすぐに右のような事態を告げる一方、植村には二、三日後に「そんなことは真実ではない。原告は大変いい会社だ。」と述べ、原告への対応も変わらなかった。

Kは右の原告、K及びYについての噂に激怒し、自民党議員秘書と自称する有賀に連絡した。その結果、まず同人から篠原のところに「原告が暴力団がらみだということを言っているようだがおかしい。一度会って話がしたい。」旨の電話があった。(乙一七の一の一九から二二頁、乙一七の二の二八から三四頁、乙一八の一の一六・一七頁)

8  (Kの抗議)

Kは、平成四年七月末、原告の代理人の村上弁護士と有賀を伴って、被告を訪ね、右噂は事実無根であると激しく抗議し、篠原との面会を要求した。被告側では、事前の約束なしの来訪だったために、再度連絡してもらおうということにして、その日は篠原は直接応対せずに、Kらに帰ってもらった。その後、Kは、同年九月初めに篠原を訪ね、右の件について抗議した。(乙一七の一の二二から二四頁、乙一七の二の三四・三五頁、乙一八の一の一八・一九頁、原告代表者本人平成七年六月七日調書一〇項、同平成七年九月一三日調書二二・二三頁)

9  (偽造の株主総会議事録の提出と入居通知等の発送)

原告は、同年一〇月初めころ、大規模小売店舗法に基づく届出書類として会社登記簿謄本等の提出を被告から求められたところ、Yが取締役として記載されている会社の登記簿謄本に代えて、選任された取締役にYの名が入っていない偽造の臨時株主総会議事録三通を提出した。(甲一六三、乙二から六、原告代表者平成七年九月一三日調書五二から五六頁)

被告は、原告に対し、平成四年一〇月末に大井町駅各店舗についての入居通知を発送し(甲一〇から一二)、同年一二月八日にその電話番号が確定した旨の通知、営業契約書(案)及び出店契約書(案)を送付した(争いがない。)。

10  (Yからの事情聴取)

一方、JR東日本関連事業本部は、平成四年夏以降原告についての調査を続けた結果、Yが原告取締役に就任していた事実など、前記の原告についての問題点を知ることとなった。そして、JR東日本の指示を受けた被告は、平成四年一二月一四日付けで、Y代表取締役名で原告に対し、契約を締結しがたい事情があるとして、新浦安駅ビル及び大井町駅ビルへの本件出店契約の締結をしない旨を通知した(第二の一3、証人Y平成七年二月八日調書二二項)。なお、右関連事業本部は、原告との関係以外にもYに問題となる行動が見られたこともあって、同年一二月、Yから事情聴取したが、Yは、原告の取締役に就任していたことを否定する程であった。そこで、被告は平成五年一月一八日の臨時株主総会でYの代表取締役の地位を解任する決議をした。(乙一七の一の四八・五二から五四頁)

11  (その他のYとKの関連性)

右のほかにも、以下のような事実が判明した。

Yは、被告の関与するJR東日本関連事業部門の大型プロジェクトであった恵比寿駅ビル開発の内容工事について、平成四年九月末ころ、被告代表者としてINAとの間において、設計報酬に裏リベート一億九〇〇〇万円を包含させて実施設計業務委託契約を締結した。次いで、Y(又はその指示を受けた中村佳敬)は、同年一二月ころ、INAから裏リベートとしてINA振出の約束手形を取得し、その一部である六四〇〇万円の手形に株式会社集建築設計の裏書を得、これをKに渡し、Kはこれを割り引いた。(甲一六六の一・二、乙一四の一・二、乙一七の二の一四から一七頁、乙一八の一の三一から三六頁、乙一九、原告代表者平成七年九月一三日調書六四から七〇頁)

二  大井町駅ビル各店舗への出店拒否の当否について

1 以上を前提に、本件の争点について検討する。

(一)  前記一9説示のとおり、大井町駅ビル各店舗について、被告は、原告に対し、それぞれ入居決定通知書及び契約書案を交付しており、原告と被告は、右の各契約締結の準備段階にまで至っていたということができる。したがって、当事者として、右各契約の成立に向けて誠実に行動すべき義務を負うものと解するのが相当である。

(二)  しかしながら、右契約準備段階に至った後であっても、相手方との契約締結を拒否しても信義則に違反しないような事情がある場合には、契約締結を拒否しても損害賠償義務を負わないものと解するのが相当である。一般に契約成立後であっても相手方に責に帰すべき事由があるときには、債務不履行を理由に契約を解除することができることからみて、右のように解されるところである。そこで、原告にこのような事情が見られるか否かについて検討する。

前記認定事実一によれば、

(1)  第一に、原告は、大井町駅ビルの出店についてYより正当な理由もないのに特段の好条件を提示されたこと、

(2)  第二に、原告の財務内容を示す貸借対照表及び損益計算書には疑義があるにもかかわらず、Yはそれ以上調査しようとしなかったこと、

(3)  第三に、Yは、大井町駅ビル各店舗について原告と交渉中に、他の被告関係者やJR東日本に隠れて原告の取締役に就任したこと、また原告も大井町駅ビルへの出店申込書に添付すべき法人登記簿謄本に代えて偽造の臨時株主総会議事録を被告に提出するなど、右事実を意図的に隠そうとしたこと、

ということができる。そして、これらの背景事情ともなり、あるいは裏付け事情ともなるが、

(4)  第四に、Yは、篠原から原告についての悪い噂を被告の内部情報として聞いていたにもかかわらず、これを直ちに外部のKに伝えたこと、

(5)  第五に、原告は、アトレ四谷での催事営業について、他の業者からルール違反等の指摘を受けたにもかかわらず、Yが了解しているとしてこれを改めようとせず、Yもこれを放置したこと、

(6)  第六に、原告又はKは、Yの関与の下に被告が支出した裏リベートの一部をYを通じ受領したこと

などが認められる。

2 右1の諸事情からすれば、原告は、もともと実力的には大井町駅ビルに常設の三店舗を出店するほどの力はないにもかかわらず、YとKが個人的な癒着関係にあったことから、Yが特別に便宜を図った結果、1(一)の入居決定通知がされるに至ったものと解さざるを得ない。しかし、代表取締役といえども、その個人的な癒着関係から顧客を特別に優遇するようなことが許されないのはいうまでもないのであって、仮に原告がYの言動を信頼して行動し、その後の出店拒否により損害を被ったとしても、そのような信頼はもともと法の保護すべきものに値しないというべきである。したがって、このようなことがほかの被告関係者に発覚した以上、被告が原告との契約締結を拒否することは、当然に許されるものといわなければならない。

3  原告の主張について

以下、右に関連する原告の主張について検討する。

(一) 原告は、第一に、当時、本件各駅ビルのテナントの確保は難航しており、被告は、当初よりテナントの契約について営業契約と出店契約の二形態を用意していたのであって、原告と被告は、それぞれの出店場所に応じて契約の形態を選択したのであり、格別の優遇措置ではないと主張する。

確かに、当時はいわゆるバブル経済が崩壊した後であり、テナント確保が楽ではなかったことも考えられる。しかしながら、前記認定(一4)のように、原告に用意された区画は集客条件のよい場所であり、特に二一一一区画及び二一一七区画は駅改札口と直結した非常に好条件の場所である。大井町駅ビルのテナント募集パンフレット(甲一六九の一・二)にも、営業預託金、最低営業料ともに一階が最も高く設定されている(物品販売の場合契約面積3.3平方メートルあたり、一階が営業預託金が四五〇万円、最低営業料が月額五万円。五階が営業預託金が二二〇万円、最低営業料が三万五〇〇〇円。)ことも右判断を裏付けている。このような中で、被告が、営業預託金を不要とする契約を締結するということは、優遇措置というべきである。

よって、原告の右主張は理由がない。

(二) 原告は、第二に、「原告は、アトレ四谷の臨時の催事に同所の一部を使用した際に、準備のために完全に同一時間の営業ができないことがあったとしても、常設店舗と異なり日々場所の指定が異なるため、原告が指示に反して営業したことにならない。また、他の常設店舗と競合する商品を販売した事実もない。原告の商品は、全て原告製造による商標を入れたオリジナル商品であり、他と競合することはあり得ない。」と主張する。

しかしながら、催事営業だからといって、ワゴンをその場所に動かせば足りるのであるから、同一時間の営業ができないということは考えにくい。また、原告の商標を入れたオリジナル商品であるから他と競合することはあり得ないというのも無理がある(そうであるとするならば、ブランドが違えば何を売っても問題がないということになる。)。

よって、原告の右主張は理由がない。

(三) 原告は、第三に、「原告は、常に正規の出店手続を行ってきたのもであり、事務担当者から要請された資料、書類を提出しており、故意に書類を隠蔽したことはない。また、Yが原告の取締役に就任していた時期は、契約交渉の時期とは直接関係がない。」と主張する。

しかしながら、大井町駅ビルへの出店申込みにあたって、会社登記簿謄本の提出が要求されていたことは明らかであり(乙一)、しかも、原告がこれを提出しないで、登記簿記載の取締役(Y)と異なる取締役(星野)が選任されたかのような株主総会議事録(乙四)を偽造して提出し、そのことについて特段の合理的理由を明らかにしていない。そうすると、原告は、Yが原告の取締役となったことを隠蔽しようとしたがそれが暴露されてしまったと考えるしかない。

よって、原告の右主張は理由がない。

(四) 原告は、第四に、転々譲渡されたINA振出の手形を別の取引先から入手したことはあるが、INAとは何らの取引もなく、その業務内容も知らないと主張する。

しかしながら、仮に原告とINAとに何らの取引関係がないとしても、問題は、前記一11のとおりYが被告の支出金の中からINAに裏リベートを出させその一部がINA振出手形として転々してKに渡ったという実質関係があるという点である。したがって、原告の右主張は、格別の意味を持たないことに帰するのである。

(五) 右のほかに、原告代表者は、陳述書(甲一七九の七項)において「植村がある女性社長と旅行をしたりゴルフの接待を受けたりして特に親しくしていて、その女性を大井町駅ビルや新浦安駅ビルにも出店させた」旨を述べ、その証拠として接待を受けたときの「キャディーフィー」と領収書(甲一七七の一・二)をあげる。

確かに、右証拠から、平成四年一一月一〇日に、植村が山村ほか一名とともにゴルフをし、その際植村は二万五一〇〇円の料金の支払いにつき領収書を受領していないことはうかがわれる。しかしながら、その一事で植村に原告主張の不正行為があったと推認されるわけではなく、また、そのことを認めるに足りるだけの理由を、原告代表者が本人尋問において説明しているわけでもない(原告代表者本人平成七年一一月二二日調書二三から二八頁)。したがって、これをもって、植村の別件での証言調書(乙一八の一・二)の信用性を低下させることにはならないのはもちろん、YとKとの癒着を本件出店拒否の理由として説明することの妨げとなるものでもない。

また同様に、原告代表者は、陳述書(甲一七九の一四項)において、「(被告の)穴塚常務らの飲食費は大部分が会社へのつけ回しとなっていて、その中には伝票のないものも多くある」旨を述べているが、この根拠についても、本人尋問において社内の人間から聞いたとしか説明していない(原告代表者本人平成七年一一月二二日調書一三から二三頁)。また万一それば真実であるとしても、それは、原告に対する本件出店拒否とは別問題であり、その妨げとなるものではない。

このほかにも、原告代表者は、陳述書において様々なことを述べているが、明確な根拠を欠く場合がほとんどあり、かつ、本件出店拒否の当否と別問題である。

よって、原告の右主張は理由がない。

(六) 被告は、その他にもKとYの癒着に関する別の主張(経済的な癒着以外あるいはその背景となり得る事情についての主張)、あるいは原告が暴力団と関係あるかのような主張をしているところ、それらの事実までを認めるに足りる的確な証拠はない。しかしながら、前記認定の諸事情からみただけで、本件出店拒否には理由があるので、右(六)の点を認めるに足りる証拠がないことは、2の結論を左右するものではない。

右のとおり、原告の主張及び原告代表者の供述等は、いずれも2の結論を左右するものではない。

三 新浦安駅ビル店舗への入店拒否について

新浦安駅ビル店舗への入店については、前記認定事実一以上の事実は認められない。すなわち、新浦安駅ビル店舗については、原告は出店申込書及びその添付書類を提出するまでには至ってはおらず、契約書案も作成されていない。原告は入居決定通知が被告からなされたと主張し、証拠として被告が新浦安駅ビル店舗への原告の出店を決定した旨の入居決定通知書(甲一三)を提出するが、右通知書には作成日付及び被告の捺印がなく、仮にこれをYがKに交付したとしても、少なくとも被告の正式な文書とは認められない。

以上のとおり、原告と被告との間には、新浦安駅ビル店舗について、そもそも、信義則上相互に相手方の信頼を裏切らないように誠実に行動することが要請されるような契約準備段階にまで入ったことを認めるに足りる証拠はない。

よって、他の点について判断するまでもなく、新浦安駅ビル関係の原告の請求は理由がない。

四  結語 以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官平出喜一 裁判官松本清隆は転任のため、署名押印することができない。裁判官岡光民雄)

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